名古屋地方裁判所 昭和50年(行ウ)26号 判決 1984年10月31日
原告 鈴木拓郎
被告 名古屋法務局豊橋支局登記官 ほか三名
代理人 関口宗男 塩谷紀夫
主文
一 原告の被告名古屋法務局豊橋支局登記官に対する訴えを却下する。
二 原告のその余の被告らに対する請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 原告
1 被告名古屋法務局豊橋支局登記官(以下「被告登記官」という。)が、別紙物件目録記載の各土地(以下「本件各物件」という。)について原告がした土地滅失登記の抹消登記申請(昭和五〇年六月一〇日受付第一七一二八号)について、昭和五〇年六月一七日付日記第九三号をもつてなした却下処分を取消す。
2 被告国、同愛知県及び同豊橋市は、原告に対し、連帯して金一万円を支払え。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
4 第2項につき仮執行宣言
二 被告ら
1 本案前の答弁
(一) 原告の被告愛知県、同豊橋市、同登記官に対する訴えをいずれも却下する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
2 本案に対する答弁
(一) 原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 原告の請求原因
1 本件各物件のうち、別紙物件目録(一)ないし(三)記載の各物件は、もと亡鈴木三津三郎(以下「亡三津三郎」という。)の所有に係るものであり、同目録(四)ないし(七)の各物件は、もと亡三津三郎と市川清吉の共有に属するものであつたところ、亡三津三郎の死亡により亡鈴木憲太郎が家督相続し、亡鈴木憲太郎の死亡により原告が家督相続し、右各物件の所有権ないし共有持分権を取得した。
2 名古屋法務局田原出張所登記官は、別紙物件目録(四)ないし(七)の各物件については昭和四三年八月二九日、同目録(一)ないし(三)の各物件については同月三一日、それぞれ、原告外二名より海没による土地滅失登記申請がなされたことに基づき、土地滅失登記手続を行つた。
3 原告は、昭和五〇年六月一〇日受付第一七一二八号をもつて本件各物件について錯誤を原因として右2の土地滅失登記の抹消登記申請をしたところ、被告登記官は、昭和五〇年六月一七日付日記第九三号をもつて右申請の却下処分(以下、「本件却下処分」という。)をした。
4 本件却下処分の理由は、本件各物件は海没しているから、右2の土地滅失登記に違法はなく、右3の抹消登記申請は不動産登記法四九条二号に該当するというにある。
5 しかしながら、本件各物件には、海没の事実は全く存しないから、本件却下処分には事実を誤認した違法が存する。
6 被告愛知県は、昭和三八年頃以降本件各物件を含む田原湾内の干潟を利用した工業用地の造成と港湾の建設を計画中であつたが、同県知事桑原幹根、同県企業局長ほか被告愛知県担当職員は、名古屋法務局田原出張所登記官改田恒義、建設大臣、運輸大臣、豊橋市長ほか被告国、同豊橋市の各担当職員と共謀の上、右計画地域内には本件各物件をはじめ、私人の所有に係る約五四〇ヘクタールの土地が存在することを知悉していたのにもかかわらず、土地買収手続の履践を避け買収代金の支払を免れる意図の下に、原告を含む右土地の所有者全員に対し、「干潟は、土地としては認められないから、所有権の対象とならない。」旨主張し、「したがって、土地滅失登記の申請をしなければ職権で滅失登記をする。しかし、もし右申請につき白紙委任状を出すならば、協力感謝金を支払う。」旨の言辞を弄して右所有者らに対し土地滅失登記申請書の提出方を強引かつ執拗に要求し、右土地は滅失登記せらるべきものと誤信した右所有者らをして滅失登記申請をなさしめ、登記簿を閉鎖させた上で、公有水面埋立の認可及び免許を得て干拓、埋立などによる工業用地造成の工事を行い、これを愛知県の所有地として利用するなどして、もつて、本件各物件に対する原告の占有を排除してその使用を不可能ならしめた。
7 名古屋法務局田原出張所登記官改田恒義は、前記被告愛知県及び被告豊橋市の各担当職員と共謀の上、本件各物件には海没による滅失の事実が存しないことを知悉し、かつ、原告ほか二名が本件各物件についてした滅失登記の申請が前記のとおり愛知県知事桑原幹根、同県企業局長ほか被告愛知県担当職員の言辞により本件各物件は滅失登記されるべきものと誤信したためになされたものであることを知りながら、右原告ほか二名が本件各物件についてした滅失登記申請に対して、実地調査をすることもなく「従来から海没地である。」旨の虚偽の内容を記載した豊橋市長河合陸郎の証明書により、即日、職権により、本件各物件について海没による滅失登記手続をなし登記簿を閉鎖した。
右の結果、本件各物件は公簿上あたかも海没により滅失したかの如き外形を呈するに至つた。右は被告愛知県が原告の本件各物件に対する占有を排除するについて加担するものである。
8 建設大臣、運輸大臣及び被告国の担当職員は被告愛知県及び被告豊橋市の各担当職員と共謀の上、本件各物件を含む田原湾内の干潟に公有水面は存在しないことを知りながら、被告愛知県に対し公有水面埋立法による埋立の免許につき認可をし、もつて、被告愛知県が原告の本件各物件に対する占有を排除するについて加担した。
9 豊橋市長河合陸郎及び被告豊橋市の担当職員は前記被告愛知県担当職員及び前記名古屋法務局田原出張所登記官と共謀の上、本件各物件に海没による滅失の事実が存在しないことを知りながら、土地滅失登記の申請に使用する目的をもつて、本件各物件が海没によつて滅失した旨の内容虚偽の豊橋市長名義の海没証明書を作成発行し、これによつて登記官による実地調査を省略せしめ、職権により本件各物件について海没による滅失登記をさせたものであり、もつて被告愛知県が原告の本件各物件に対する占有を排除するについて加担した。
10 以上の愛知県知事桑原幹根、同県企業局長ほか被告愛知県担当職員、名古屋法務局田原出張所登記官改田恒義、建設大臣、運輸大臣、被告国の担当職員及び豊橋市長、被告豊橋市担当職員の各行為は、いずれも公権力の行使に当る公務員がその職務を行うについてしたものである。
そして、右各行為には、社会観念上、共同の行為と認められるべき主観的及び客観的関連共同性が存するから、右各行為は共同不法行為に該当する。
11 よつて、原告は被告登記官に対し、本件却下処分の取消を、被告国、同愛知県、同豊橋市に対し、国家賠償法一条一項に基づき、原告が本件各物件の占有を排除されたことによる賃料相当の損害金のうち、金一万円を連帯して支払うべきことを求める。
二 被告らの本案前の主張
(被告愛知県)
1 原告の被告愛知県に対する請求は、原告の本件各物件に対する占有を被告愛知県に奪われたことにより被つた賃料相当損害金の請求であるところ、右請求は被告登記官に対する本件却下処分の取消の訴えとは行政事件訴訟法一六条一項、一三条の定める関連請求に該当しないから、原告の被告愛知県に対する請求は不適法である。
2 原告は、次のとおり本件各物件の所有者ではないから、原告には、被告愛知県に対する本訴請求について本案判決を求める資格(当事者適格)は存しない。すなわち、次の各事実からすれば、本件各物件が、豊橋市杉山町を形成する天津、高組、谷、三嶋のいわゆる字区域の住民の総体からなる権利能力なき社団である杉山校区(旧名称は大字杉山)の所有に係るものであることは明らかである。
(1) 本件各物件の閉鎖された登記簿における所有名義人は、亡三津三郎ほか二名であるが、右は、土地台帳に所有者として記載されていたためである(不動産登記法一〇五条―明治三二年二月二三日法律第二四号)ところ、本件各物件のうち、別紙物件目録(一)ないし(三)記載の各物件の土地台帳の所有者欄の亡三津三郎、坂口儀八の名義は大正二年四月八日許可により大字杉山に誤謬訂正され、同目録(四)ないし(七)記載の各物件の土地台帳の所有者欄の亡三津三郎、市川清吉の名義は右同日大字杉山に名義訂正されている。
そして、本件各物件の閉鎖された登記簿における所有名義人が右各訂正にもかかわらず訂正されなかつたのは、(ア)不動産登記法上、権利能力なき社団である大字杉山なる名義で登記することができなかつたこと、(イ)名義変更をするには登録免許税を要すること、(ウ)登記名義の変更をしなくても大字杉山と亡三津三郎ほか二名との間には、権利について争いがなかつたので、名義変更をしなくても格別不都合はなかつたこと等の理由により変更(更正)登記の申請をしなかつたことによるものである。
(2) 大字杉山は、大字杉山財産台帳を作成し、これにより財産を管理していたが、本件各物件は、いずれも右財産台帳に杉山村大字杉山有として記載され、別紙物件目録(一)ないし(三)の各物件については、但亡三津三郎、坂口儀八名義、同目録(四)ないし(七)の各物件については、但亡三津三郎、市川清吉名義と記載されている。
右財産台帳の記載からすれば、亡三津三郎ほか二名の名義が形式的なものに過ぎなかつたことは明らかである。
(3) 亡三津三郎、坂口儀八が名義人となつていた渥美郡杉山村大字杉山字中藻一番の第二、池沼、五反歩の物件は、明治四四年にその他の物件とともに第三者に売却されたが、右代金は大字杉山が同年六月二三日に定めた池沼字中藻一番ノ第二外七筆池沼地上物件及土地譲渡金割賦規則により大字杉山の住民に各戸について金二〇円宛均等に配分されており、亡三津三郎及び坂口儀八も右均等額の金二〇円の配分を受けたに過ぎない。
(4) 被告愛知県は、昭和四三年一〇月九日、花井清外四二四名(当時の杉山校区の構成員全部)との間に、本件各物件を含む田原湾内の海面下土地に関し、協定を締結し、右協定に従つて同月三一日、金一億〇四二〇万円を支払つたが、右金員のうち、右各物件の登記名義人の相続人である原告ほか六名に対しては、杉山校区から謝礼金合計金六〇万円(原告については金一〇万円)が支払われたに過ぎず、その余の金員は漸次、杉山保育園建設費に充てられるなど杉山校区全体のために支出されている。
(5) 杉山校区は、原告が本件訴えを提起した後である昭和五三年三月二九日、本件訴えと同様杉山校区の所有する物件について登記名義人が所有権を主張することを防止する目的で本件各物件以外の杉山校区の所有物件について、その登記名義人との間で、土地の所有権が杉山校区に存することを確認している。
(被告豊橋市)
原告の被告豊橋市に対する請求は、原告の本件各物件に対する占有を被告愛知県において奪つたところ、豊橋市長河合陸郎及び被告豊橋市の担当職員は、右被告愛知県が原告の本件各物件に対する占有を奪うについて加担したことにより原告の被つた賃料相当損害金の請求であるが、右請求は被告登記官に対する本件却下処分の取消の訴えとは行政事件訴訟法一六条一項、一三条の定める関連請求に該当しないから、原告の被告豊橋市に対する請求は不適法である。
(被告登記官)
本件各物件は、いずれも亡三津三郎ほか二名の所有に係るものではなく、権利能力なき社団たる大字杉山の所有に係るものであつたから、亡三津三郎の相続人たる亡鈴木憲太郎を相続した原告は、本件各物件に対して何らの権利を有していない。
従つて、原告は、本件却下処分の取消を求めるにつき法律上の利益を有するものにあたらないから、原告には、原告適格がなく、原告の被告登記官に対し本件却下処分の取消を求める訴えは不適法である。
三 請求原因に対する被告らの認否
(被告愛知県、同豊橋市)
1 請求原因1の事実のうち、亡三津三郎の死亡により亡鈴木憲太郎が家督相続し、亡鈴木憲太郎の死亡により原告が家督相続したことは認めるが、その余は否認する。本件各物件は亡三津三郎の所有若しくは共有に係るものではなかつた。
2 同2ないし4は認める。
3 同5は争う。
4 同6のうち、被告愛知県が原告主張の計画をし、造成したこと、原告が滅失登記申請をし、その旨の登記がされ登記簿が閉鎖されたことは認めるが、その余は否認ないし争う。
5 同7、8は否認する。
6 同9のうち豊橋市長が本件各物件について海没地であることの証明をしたことは認めるが、その余は否認ないし争う。
7 同10、11は争う。
(被告登記官、同国)
1 請求原因1の事実は争う。
本件各物件について登記簿上、別紙物件目録(一)ないし(三)記載の各物件については、亡三津三郎及び坂口儀八の共有名義が、同目録(四)ないし(七)の各物件については亡三津三郎及び市川清吉の共有名義が記載されているが、亡三津三郎は本件各物件の所有者若しくは共有者ではなかつた。
2 同2ないし4は認める。
3 同5は争う。
4 同6は知らない。
5 同7のうち名古屋法務局田原出張所登記官改田恒義が、原告ほか二名が本件各物件についてした滅失登記申請に対して、豊橋市長の証明書により海没による滅失登記をし、登記簿を閉鎖したことは認める。その余は否認ないし争う。
6 同8は争う。
なお、建設大臣は原告主張の公有水面埋立とは何ら関係がない。
7 同9は不知
8 同10、11は争う。
四 被告登記官、同国の主張
1 本件各物件は、いずれも春分及び秋分における満潮時において海水面下に没するものである。
2 現行法上、私所有権の対象となる土地は、公有水面下の地盤を含まないものと解すべきところ、陸地と公有水面との境界については、直接これを規定した法令の定めは存しないが、潮の干満の差のある水面にあつては春分及び秋分における満潮位を標準とすべきである。
従つて、本件各物件は私所有権の対象となる土地ではないから、不動産登記法上の土地でもない。
3 そうすると、原告ほか二名の申請により本件各物件について、名古屋法務局田原出張所登記官がした海没による滅失登記は適法であり、被告登記官がした本件却下処分も適法である。
五 被告らの本案前の主張に対する原告の反論
(被告愛知県、同豊橋市に対する請求と被告登記官に対する請求の関連性)
1 原告の被告登記官に対する請求は、違法な本件却下処分の取消を求めるものであるが、右請求は、誤つてなされた土地滅失登記の抹消を求め登記の回復を求めるために、登記手続の構造上これを求めるものである。
他方、被告愛知県、同豊橋市の原告主張の不法行為は、右土地滅失登記により登記簿が閉鎖され、公簿上、土地であることが公証されなくなつたことに起因するものである。
従つて、被告愛知県が本件各物件の占有を開始したのは本件却下処分によるものでないとしても、本件却下処分も、被告愛知県の本件各物件の占有も、本件各物件が海没により滅失し原告の所有に属さず滅失登記により登記簿が閉鎖されたことを原因として行われた点で全く共通しているのであり、かつ、原告の被告登記官に対する請求も、被告愛知県、同豊橋市に対する各請求も、いずれも本件物件が海没により滅失したとする名古屋法務局田原出張所登記官の判断の違法性を根拠とするものであるから、本件却下処分が取消されることは、とりもなおさず被告愛知県、同豊橋市について損害賠償責任を生ぜしめることとなる。
2 右のとおり、被告登記官に対する請求と、被告愛知県、同豊橋市に対する各請求は、請求の内容ないし発生原因において共通し、また、争点及び証拠関係も共通している。
従つて、被告愛知県、同豊橋市に対する各請求は被告登記官に対する請求との間に行政事件訴訟法一三条一号又は六号に該当する関連が存する。
(原告の当事者適格)
1 原告は、本件各物件の所有者である。
2 被告愛知県が、本件各物件の所有者が原告でなく、大字杉山ないし杉山校区であるとする根拠は、次のとおりいずれも失当である。
(一) 被告愛知県は、本件各物件の土地台帳の記載を根拠としているが、本件各物件の土地台帳に被告愛知県主張のとおりの記載が存するとしても、土地台帳は単に公租公課を徴収する便宜上、県に備え付けられているものに過ぎず、私人間の権利関係を適確に反映し把握するものではないし、土地台帳の記載をもつて、これにより権利関係を公証する公簿である登記簿上の所有名義人の権利の存在の推定力を覆すことはできないのみならず、土地台帳は、一元化によつて登記簿に吸収され、権利に関する公示はすべて登記簿によることとされたものである。
従つて、土地台帳の記載をもつて原告の所有権を否定することはできない。
他方、別紙物件目録(六)及び(七)記載の各物件に隣接する豊橋市杉山町字石塚一番一及び同所一番八の各物件については、右各物件と同様に「大字杉山」と名義訂正されたが、その後、再び名義訂正によつて亡三津三郎名義に回復され、第三者に所有権移転したのであつて、このことからしても本件各物件の土地台帳の記載が不正確であることが推認される。
(二) 被告愛知県は、また、大字杉山財産台帳を根拠として、本件各物件は大字杉山の所有に係るものである旨主張するが、右財産台帳の記載がいかなる根拠に基づくものかは不明であり、その記載が恣意的であり、かつ不正確であることからすれば、到底、証拠資料たる資格をもつものではない。
(三) 次に、被告愛知県と花井清外四二四名との間の協定であるが、右花井清外四二四名が大字杉山ないし杉山校区として被告愛知県と協定したものではないし、その代理人として協定を締結した彦田幸男も杉山校区代表者としてではなく杉山漁業協同組合長理事として右協定をしているのであるから、右協定を大字杉山ないし杉山校区の協定とみることはできない。
右協定は、真実は被告愛知県が杉山漁業協同組合幹部らと結託して、本件各物件ほかの滅失登記を円滑に運ばんがために、敢えて行つたものではないかと考えられる。
また、原告に対し金一〇万円が支払われたことは認めるが、右は却つて原告が本件各物件の所有者であることの証左である。
(四) 被告愛知県の主張する杉山校区の土地所有権の確認であるが、右はいずれも本件訴え提起後にされたものであり、本件各物件が杉山校区の所有であつたことを立証する目的で作為的にされたものではないかとの疑問がある。
従つて、右を根拠に、大字杉山ないし杉山校区の所有権を肯認することはできない。
第三証拠関係 <略>
理由
一 被告登記官に対する訴えについて
1 名古屋法務局田原出張所登記官が別紙物件目録(四)ないし(七)の土地については昭和四三年八月二九日、同目録(一)ないし(三)の土地については同月三一日、それぞれ原告外二名より海没による土地滅失登記申請がなされたことに基づき土地滅失登記をしたこと、原告が昭和五〇年六月一〇日受付第一七一二八号をもつて本件各物件について錯誤を原因として右土地滅失登記の抹消登記申請をしたところ、被告登記官が本件却下処分をしたこと、本件却下処分の理由は、本件各物件は海没しているから、右抹消登記申請は不動産登記法四九条二号に該当するというにあること、以上の事実はいずれも原告と被告登記官との間に争いがない。
2 ところで、行政事件訴訟法九条は、処分の取消しの訴えは、当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り提起することができる旨定めている。
そこで、これを土地滅失登記の抹消登記申請の却下処分について考えるに、当該申請をした者が、当該滅失登記の対象となつた物件について滅失の登記をなすべきではなかつたとされた場合に、当該対象物件に所有権その他の登記をなすべき実体上の権利を有する者である場合及び当該申請当時には所有権その他の登記をなすべき実体上の権利を有する者ではないが、従前、右実体上の権利及びその旨の登記を有し、右実体上の権利を他に移転したことにより、なお当該申請当時右の登記を保持すべき正当の理由を有する者である場合には、当該申請に対する却下処分の取消しを求める法律上の利益を有するということができるが、その余の場合、すなわち、当該申請当時、所有権その他の実体上の権利を有せず、かつ、従前においても右実体上の権利を有しなかつた者の場合には、たとえ、その者が土地滅失登記がされる以前に当該物件について所有権その他登記すべき権利の登記名義を有していた者であつても、当該登記名義を保持することについて法律上の利益を見出すことはできないのであるから、その者が土地滅失登記の抹消登記をし、当該権利の登記を回復すべき法律上の利益を有しないことは明らかであつて、右の者は、前記法条にいう法律上の利益を有しないといわざるを得ない。
3 そこで、以下、原告が右の法律上の利益を有するかについて検討する。
(一) まず、原告は、別紙物件目録(一)ないし(三)記載の各物件はもと亡三津三郎の所有に係るものであり、同目録(四)ないし(七)の各物件はもと亡三津三郎と市川清吉の共有に属するものであつたところ、亡三津三郎の死亡により亡鈴木憲太郎が家督相続し、亡鈴木憲太郎の死亡により原告が家督相続した旨主張するので、本件各物件について土地滅失登記をすべきでないことを前提として、原告主張の右の事実が認められるか否かについて判断する。
<証拠略>(本件各物件の閉鎖登記簿謄本)によれば、別紙物件目録(四)ないし(六)の各物件については、明治三三年四月一七日受附をもつて土地表示登記がされ、同年五月二二日受附をもつて右(六)の物件から同目録(七)の物件が分筆されたこと、同目録(一)ないし(三)の各物件は、その元番は本件証拠上明らかではないものの、いずれも明治四四年ころ分筆されたものであること、本件各物件の各登記簿の甲区欄順位一番の登記は、別紙物件目録(一)ないし(三)の各物件においては亡三津三郎及び坂口儀八であり、同目録(四)ないし(七)の各物件においては亡三津三郎及び市川清吉であることの各事実を認めることができる。
右本件各物件の閉鎖登記簿の記載からすれば、本件各物件についてその記載のとおりの権利関係が存するものと推定し得るかの如くである。
しかし、<証拠略>(本件各物件の土地台帳謄本)によれば、別紙物件目録(一)ないし(三)の各物件の各土地台帳には、当初、所有者氏名として亡三津三郎及び坂口儀八が記載されていたが、大正年間に大字杉山名義(大字杉山の性質については後記のとおりである。)に誤謬訂正されていること、同目録(四)ないし(七)の物件の各土地台帳には、右と同様に亡三津三郎及び市川清吉が記載されていたが、大正二年四月八日、大字杉山名義に名義訂正されていることが認められる。
右各事実に、不動産登記法(明治三二年二月二四日法律第二四号―昭和三五年三月三一日法律第一四号による改正前のもの)一〇五条は、未登記の土地所有権の登記は、(1)土地台帳謄本に依り自己又は被相続人が土地台帳に所有者として登録せられたることを証する者、(2)判決に依り自己の所有権を証する者において申請することができる旨定めていたことを考えあわせれば、本件各物件の閉鎖登記簿に亡三津三郎外二名の所有権登記がされているのは、前記不動産登記法一〇五条に基づき、本件各物件の土地台帳に亡三津三郎外二名が所有者として記載されていたことを理由とするものであると推認することができるところ、前記のとおり、本件各物件の土地台帳の記載は、大正年間に至り、大字杉山に誤謬若しくは名義訂正されているのであるから、右閉鎖登記簿に亡三津三郎外二名の名義が記載されていることを理由に、直ちに、亡三津三郎外二名の所有権を推定することはできない。
もつとも、<証拠略>によれば、豊橋市杉山町字石塚一番一、池沼、四八四九平方メートル、同所一番八、池沼、三四四一平方メートルの各物件も土地台帳の記載上は、所有者氏名欄に亡三津三郎及び市川清吉と記載されていたのを、本件各物件と同様、大正二年四月八日に大字杉山に名義訂正されていたのにもかかわらず、大正一二年一月二六日に再び亡三津三郎及び市川清吉へと名義訂正され、大正一五年ころに至り村社八幡社に所有権移転されていることが認められるから、本件各物件について前記土地台帳の記載をもつて大字杉山の所有権を推定することもまたできないといわざるを得ないが、右事実をもつて、前記各土地台帳における亡三津三郎及び市川清吉の記載が真実の権利を反映しているものと推定することができないことは勿論であるから、結局、前記土地台帳の記載によつては、本件各物件の所有者を推定することはできないというに帰着する。
そうすると、本件各物件の閉鎖登記簿及び土地台帳の各記載からは、本件各物件が亡三津三郎ほか二名に帰属するものと推認し得ない。
(二) 次に、前記土地台帳に記載されている大字杉山について検討する。
<証拠略>によれば、明治時代初頃には、天津、高組、谷、三嶋の四つの部落によつて杉山村が形成されていたこと、杉山村は、その後、六連村と合併し、更に、昭和三〇年頃に至り豊橋市と合併したことが認められ、右認定に反する証拠はないところ、被告登記官は右の天津、高組、谷、三嶋の四つの部落(字区域)の住民の総体からなる権利能力なき社団たる大字杉山が存在する旨主張する。
そこで、検討するに、権利能力なき社団としてその存在が認められるためには、団体としての組織をそなえ、そこには多数決の原則が行われ、構成員の変更にもかかわらず団体そのものが存続し、その組織によつて代表の方法、総会の運営、財産の管理その他団体としての主要な点が確定しているものでなければならない(最高裁判所昭和三九年一〇月一五日第一小法廷判決民集一八巻八号一六七一頁参照)ところ、<証拠略>によれば、杉山村は、前記六連村との合併、豊橋市との合併にもかかわらず、天津、高組、谷、三嶋の四つの部落を大字杉山と称し、右四つの部落からそれぞれ代表者(区長)を選出し、その話し合いにより右四つの部落の運営をしていたこと、その後、大字杉山は杉山校区へとその名称を変え、右の区長(その後町総代と称されるようになつた。)のほかに、更に、校区総代なる杉山校区の代表者を選任するようになつたこと、豊橋市役所杉山支所には、大字杉山財産台帳(<証拠略>)、池沼地上物件及び土地譲渡金割賦規則(<証拠略>)、池沼地上物件譲渡金割賦領収綴兼諸雑費領収綴(<証拠略>)等の書類が保管されていること、その所有名義はともかく大字杉山(杉山校区)有の財産であると天津、高組、谷、三嶋の四つの部落の住民が理解している財産(不動産)が存すること、本件各物件についても同様に大字杉山(杉山校区)有の財産であると理解されていることの各事実を認めることができるが、本件全証拠をもつてしても右代表者の選任が確定した規約等に基づくものであること、若しくは、右四つの部落が団体としての組織を備えたものであることを認めるに足りる証拠は存しないから、右認定の各事実を根拠として杉山校区(大字杉山)を権利能力なき社団と認めることはできない。
そこで更に大字杉山(杉山校区)について審究するに、まず前記大字杉山財産台帳(<証拠略>)、池沼地上物権譲渡金割賦規則(<証拠略>)、池沼地上物件譲渡金割賦領収綴兼諸雑費領収綴(<証拠略>)についてみると、大字杉山財産台帳(<証拠略>)は、土地、建物の台帳形式の文書であつて、摘要として各土地、建物について杉山村大字杉山有と記載され、但書としてその名義人が表示されており(本件各物件については、いずれも前記土地台帳の訂正前の記載に同じである。)、そのうちには、所有権移転等の権利変動が存した旨の記載と共に抹消されている土地の表示も存するものであること、池沼地上物件及び土地譲渡金割賦規則(<証拠略>)には、明治四四年六月二三日大字杉山所有財産池沼土地売却金及び地上物件譲渡金処分の件に関する決議が記載されていること(その内容は、杉山村の住民に対し、各戸毎に一定の割合で売却金を分配するというものである。)、池沼地上物件土地譲渡金割賦領収綴兼諸雑費領収綴(<証拠略>)は、明治四四年六月二三日海面地上物件売却配当金領収証と柱書され、以下、金額及び氏名の記載と名下の押印が台帳形式にて記載されている文書であること(右記載内容からすると、前記池沼地上物件売却金及び地上物件譲渡金処分の件に関する決議に基づく売却金の配分を受けたことの領収簿と思われる。)が認められ、右各文書の体裁及びその記載内容並びに右各文書が前認定のとおり官公署たる豊橋市役所杉山支所に保管されていたものであることを考慮すると、前記天津、高組、谷、三嶋の四つの部落において一定の財産を管理していた事実を窺うことができ、これに、右の四つの部落民において一定の財産(本件各物件を含む。)を大字杉山(杉山校区)有のものと理解していることを加えると、本件各物件が右の四つの部落有財産(すなわち、右四つの部落の入会地、若しくは、地方自治法二九四条一項所定の財産区)であると推認し得る。
(三) 一方、本件各物件について亡三津三郎が所有権を有することの根拠足り得べき事実は、前記土地台帳及び閉鎖登記簿の記載のほかは存しない(この点は原告本人も自認するところである。なお、原告本人は、本件各物件の所有権取得原因について、原告の祖母から、皆で金を出し合つて名古屋の堀田善右衛門なる人物から買い受けたという話を聞いたことがある旨供述するが、その内容は具体性に欠け、あいまいなものであるから、右を採用することはできない。また、亡三津三郎ほか一名及びその相続人らが、本件各物件を排他的に占有していたことを窺うべき証拠もない。)のであるから、右認定を覆すに足りない。
(四) 以上の各検討の結果からすると、原告が本件各物件の所有権を有することを認めるに足りる証拠はなく、却つて、本件各物件は、天津、高組、谷、三嶋の四つの部落の部落有財産であることが推認し得るというべきである。
4 そうすると、原告について、本件処分の取消しを求める法律上の利益を認めることはできないというべきであるから、原告の被告登記官に対する訴えは却下を免れない。
二 被告愛知県、同豊橋市、同国に対する各訴えについて
1 原告の被告登記官に対する訴えが不適法であることは前説示のとおりであるところ、原告は、被告愛知県、同豊橋市、同国に対する各訴えを行政事件訴訟法一七条、一三条に基づき併合提起しているものであることは記録上明らかである。
ところで、行政法一七条、一三条(特に一号及び六号)の規定の趣旨は、審理の重複、裁判の矛盾を避けるために、本来、訴訟手続が異なるところから併合が不可能なものを特別な場合に限つてこれを可能ならしめようとするものであつて、併合を認めることによつて、訴訟が複雑多岐化して判決による解決が遅延するような場合、例えば、併合されるべき取消訴訟が不適法であるような場合には、併合を許さない趣旨と解すべきであるから前記法条により関連請求を併合審理するためには、取消訴訟が本案審理をするための訴訟要件を具備していることを要するものといわざるを得ない。
そうすると、被告登記官に対する訴えが不適法なものである本件においては、被告愛知県、同豊橋市、同国に対する各訴えを、行政事件訴訟法一七条、一三条に基づいて、被告登記官に対する本件処分の取消しの訴えと併合提起することはできないというべきである。
2 もつとも原告の被告愛知県、同豊橋市、同国に対する各訴えが独立の訴えとしての要件を備えていることは明らかであるから、右併合要件を欠くからといつて、これを独立の訴えとして取り扱うことなく不適法とすることは、原告の意思に反する結果となる(なお、被告愛知県、同豊橋市の本案前の抗弁のうち、被告愛知県、同豊橋市に対する訴えが併合要件を欠く旨の主張については、その理由とするところはともかくとして、結論として前説示と一致するものであるから、これが判断をするまでもなく、原告は所有権を有しないから原告適格を欠く旨の主張は、不法行為に基づく損害賠償請求の訴えにおいて実体上の請求権の有無が訴訟要件を構成するものでないことが明らかであるから失当である。)から、以下、原告の被告愛知県、同豊橋市、同国に対する各訴えを独立の訴えとして取り扱い、本案について判断することとする。
3 そこで検討するに、原告の被告愛知県、同豊橋市、同国に対する各請求は、本件各物件について原告が所有権を有していることを前提とするものであるところ、仮に本件各物件が所有権の対象となる土地であるとしても、原告において所有権を有すると認めるに由ないものであることは前説示から明らかである。
そうすると、その余の判断をするまでもなく、原告の被告愛知県、同豊橋市、同国に対する各請求はいずれも理由がない。
三 以上の次第で、原告の被告登記官に対する訴えは不適法であるから、これを却下し、原告のその余の被告らに対する請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとして、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、行政事件訴訟法七条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 加藤義則 高橋利文 綿引穣)
物件目録 <略>